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名古屋高等裁判所 昭和26年(う)177号 判決

控訴人 名古屋地方検察庁検事 平塚子之一

被告人 井上護謨工業株式会社 外三名 弁護人 友田久米治 外二名

検察官 川井英良関与

主文

原判決を破棄する。

被告井上護謨工業株式会社を

判示第一の罪に就き罰金壱百万円に

判示第二の罪に就き罰金弐拾万円に

判示第三の(一)の罪に就き罰金五拾万円に

判示第三の(二)の罪に就き罰金参拾万円に

判示第三の(三)の罪に就き罰金五拾万円に

処する。

被告人竹原松太郎を懲役七月及び

判示第三の(一)の罪に就き罰金五万円に

判示第三の(二)の罪に就き罰金参万円に

判示第三の(三)の罪に就き罰金五万円に

処する。

被告人太田良雄を懲役四月及び

判示第二の罪に就き罰金弐万円に

判示第三の(一)の罪に就き罰金五万円に

判示第三の(二)の罪に就き罰金参万円に

判示第三の(三)の罪に就き罰金五万円に

処する。

被告人岩尾博を懲役四月に処する。

被告人竹原松太郎、同太田良雄に於て右罰金を完納しないときは金五百円を壱日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

但し被告人竹原松太郎、同岩尾博、同太田良雄に対しては本裁判確定の日から参年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告会社及被告人等の連帯負担とする。

理由

検察官提出の控訴趣意書の要旨は

第一点原判決は被告会社の昭和二十一年八月十一日より同二十二年六月三十日迄の中間事業年度及同二十三年一月一日より同年六月三十日迄の中間事業年度の法人税に関し、所謂別口帳簿の方法により虚偽の申告を為し、以て該事業年度の法人税を逋税した被告会社並被告人太田良雄、同竹原松太郎に対し無罪の言渡を為したのは明に判決に影響すべき法律適用の誤りがある。

第二点原判決が有罪の認定をした被告会社の昭和二十一年八月一日より同二十二年十二月三十一日迄の事業年度及同二十三年一月一日より同年十二月三十一日迄の事業年度の法人税逋脱に関し所謂中間事業年度の逋脱額を合算すべきであつたに拘らずこれを遺脱したのは明に判決に影響すべき事実誤認の違法がある。

第三点原判決は量刑軽きに失し不当である。

(一)  税法は国家の財政収入を目的とするものであるから、その逋脱に対する刑罰としての罰金は須くその逋脱額を基準として客観的に定められていることを考慮すべきである。

(二)  物価統制令違反の罪に就ても統制額を蹂躪した違反額即ち超過額に重点をおいて科刑すべきものであることは理論上当然の帰結である

と謂ふにあり、これに対する弁護人提出の意見書の要旨は

論旨第一点に就て、所謂中間申告は確定的、独立的な性質を有しないのであるから其申告書に虚偽の記載を為したとしても後日確定申告に依つて補正すれば足るのであつて、従つて中間申告に於ては税金逋脱の観念は生じない。故に原判決が此点を無罪と認定したのは正当である。

論旨第二点に就て、原審検察官は中間申告の際の逋脱と確定申告の際の逋脱とを区分して起訴したのであつて、従つて確定申告の際の逋脱額中には所謂中間申告の際の逋脱額を包含してなかつたのである。故に原審が起訴の範囲に属する確定申告の際の逋脱額に就き有罪の認定をしたのは寔に正当であつて、若し所論の如しとせば原審は審判の請求を受けない事件に就て判決をした違法を招来する。

論旨第三点に就て、税法並に経済法規違反の場合に於ても刑罰を科する場合に於いては他の犯罪と等しく被害額のみを標準とすることなく犯行の動機、熊様、結果等諸種の事情を綜合考察の上量刑すべきは当然であつて既に幾多の判例がある。

と謂ふにある。

弁護人連名提出の控訴趣意書及第二控訴趣意書の各要旨は

第一点、原審は審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある。

(一)  起訴状に依れば物価統制令違反事件につき法人に対する処罰を定めた同令第四十条の記載がないからこの点に就ては被告会社に対する起訴がなかつたのである。

(二)  原審公判調書を通看するも被告会社の肩書には単に「法人税法違反」とのみ記載されてあるに過ぎないから原審も亦物価統制令違反の点に就いては起訴なきものとして取扱つて居たのである。

第二点、原判決には判決に影響を及ぼすことが明かな法令適用の誤りがある。

(一)  被告会社は本件起訴前に所轄税務署の更正決定(確定申告に対する)に服し加算税、追徴税共に支払つて居るので国家の徴税権の侵害に対する補填並に制裁は既に行政官庁に依つて完全に行はれて居るのであるから同一事業に就き司法権によつて更に制裁を加へることは三権分立の憲法の精神に鑑み違法である。

(二)  原判決に於て被告会社が法人税を逋脱したと認定せられた額は一件記録に依つて明な通り同会社が其製品であるタイヤチューブを統制額以上に販売したことに依つて不法に取得した利益に外ならない。凡そ犯罪行為に因る利益は税法に所謂所得に該当しないことは、斯る利益はこれを被害者に返還するの義務を有する一事から見ても明であるから被告人等が此分を所轄税務署に申告しなかつたとしても法人税の逋脱を為したと謂ふことができないのである。

(三)  仮りに被告人等の行為が法人税法第四十八条に所謂詐欺その他の不正行為に該当するとしても、被告人等は確定申告後起訴前に所轄税務署の更正決定に基き納税を完遂して居るのであるから、所犯は所謂未遂に終つたのであつて未遂罪の規定のない本件に就ては当然無罪たるべきである。

(四)  憲法第三十八条第一項に依れば何人も自己に不利益な供述を強制されないのであるが被告人等が前記闇取引による利益を申告書に記載しなかつたのは該犯行の発覚を怖れた結果であることは一件記録により明であるから右は前記法条によつて保障せられた被告人等の権利であつて当然法人税法第四十八条の適用を受けないものである。

(五)  凡そ闇取引による利益を申告書に記載することは自己の犯行を発表すると等しく何人にとつても期待可能性のないところであるから被告人等の本件所為は此点から看ても当然無罪たるべきである。

第三点、原判決には理由齟齬の違法がある。

即ち原判決は、被告人竹原及び同太田両名が共謀の上被告会社の法人税を免れようと企て真実の利益を確定申告書に記載しなかつた事実を認定して居るのであるが、原審摘示の証拠を以てしては右の不実記載は闇取引の発覚を惧れた為であることを認めることができるとしても法人税の逋脱を図る目的を以て為されたものであることは到底之を認めることができない。

第四点、原判決には判決に影響を及ぼすことが明かな法令適用の誤り及び事実の誤認がある。

(一)  前述の如く原判決摘示の証拠に依つては、その認定の如く被告人等が法人税を逋脱せんとの企図の下に確定申告書に不実の記載を為したことを認めることは不可能であるから此点に於て事実の誤認がある。

(二)  法人税法第四十八条に所謂詐欺其他の不正の行為とは単に法人税法を逋脱する認識の下になされた一切の不正行為を意味するものではなく特に該企図の下に為された行為を意味するものと解するのが正当である。然るに本件に於ては被告人等は闇取引の発覚を惧れた為め其部分の利益を記載しなかつた迄であつて法人税逋脱の企図の下に為されたものでないことは敍上の通りであるから此点に於て原判決は法律の適用並に事実誤認の違法が併存する。

と謂ふにあり、これに対する検察官の意見は、論旨は総て理由なしと謂ふにある。

依つて按ずるに

一、公定価格超過販売に因る不正所得が課税の対象となるや否やの点に就て

所得税法第二条第一、二項に依れば「前条第一項の規定に該当する個人については所得の全部に対し所得税を課する。前条第二項の規定に該当する個人については同項各号に規定する所得に対し所得税を課する」と規定し、また法人税法第二条に依れば、「この法律の施行地に本店又は主たる事務所を有する法人に対してはその所得の全部について法人税を課し、この法律の施行地に本店又は主たる事務所を有しない法人で、この法律の施行地に資産又は事業を有するものに対しては、この法律の施行地にある資産又は事業の所得についてのみ法人税を課する」と規定してあるので、所得税法又は法人税法等に所謂課税対象なるものは「所得」であることは明であるが、而も之等の法律は何れも該「所得」の意義に就て之を明定しないので自ら疑問を生ぜざるを得ないのである。従つて此点に就て更に考察するに、所得税法第九条に依れば「所得税の課税標準は左の各号に規定する所得につき、当該各号の規定により計算した金額の合計金額(以下所得金額という)による」と規定し、以下各種の収入につき経費として控除すべき額と定め、また法人税法第九条に依れば「この法律の施行地に本店又は主たる事務所を有する法人の各事業年度の普通所得は、各事業年度の総益金から総損金を控除した金額による」と規定してあるので、彼此綜合考察すると「収入」又は「益金」から経費又は損金を控除したものが所謂「所得」であつて、これが課税対象となるものと謂はざるを得ないのである。しかし「収入」又は「益金」といつても極めて概念的なものであつて個々の場合に於ては其判断に苦しまざるを得ないこともあるが、前記各法律はこれ以上所謂「所得」なるものの性質を明にしていないのであるから個々の場合に就ては常識により之を決定するの外はないのである。(所得税法は此点に就て大体の標準を示している)故に所謂闇取引に因る利益金が所得税法第九条に所謂「収入」に又法人税法第九条に所謂「益金」に該当するか否かに就ても結局は常識によつて之を決定するの外はない。惟ふに闇取引は窃盗、詐欺、横領等と等しく、犯罪の一種であつて国法に於て之を厳禁しているのであるから、これによつて得た利益に対して課税することは国家機関に於て犯罪を容認したと同様の状態となり、一見奇異な観を呈するのであるが、翻つて所得税法、法人税法等を通看するに、其趣旨とするところは一に経済的現象に在つて、収入源泉の合法、違法の問題を考慮していないのである。論者或は所得税法第九条各号又は法人税法第九条等の規定は何れも合法的行為を対象としていることはそれ等の文言に徴しても之を看取するに難くないから犯罪行為に因る利益に就ては法は之を除外しているのであると言うであらう。また弁護人は犯罪行為に因る収入に就て課税することは米国法のように特別の明文が存して初めて之を為し得るのであるから該明文の存しない我国法の下に於てはかゝる行為に因る収入に就て課税することは違法であると論ずる。然し如何なる収入と雖も経済面のみから看れば単純な収支の関係に過ぎないのであるから法文の体裁も勢ひ合法的色彩とならざるを得ないであらう。又米国歳入法第二十二条は「云々源泉は如何なるものであつても獲得された一切の利得又は利潤及び収益を包含する」旨を規定しているが、しかしこの解釈に就ても犯罪行為に因る利得が課税の対象となるか否かに就ては未だ論争の存することは人のよく知るところである。而して既に述べた通り所得税法、法人税法等は一に経済面から規定したに過ぎないものであると同時に、所得税法第二条第一項に依れば「所得の全部に対し所得税を課する」旨を定め、法人税法第二条に於ても「その所得の全部について法人税を課し云々」と規定せられている趣旨から看れば、右は米国歳入法第二十二条と其規を一にするものであることを看取し得るのである。即ち弁護人の説に従へば我国に於ても犯罪行為に因る所得に就て課税し得ると謂はなければならないのであるが、しかし此問題は帰するところ「合法、違法」の区別ではなくして「所得か否か」の区別に存するのである。

依つて此点に就て考察するに、凡そ所得と謂ひ益金と称する観念は、金銭又は財物の取得額(総収入)から該取得に要した金銭又は財物の損失額(総経費)を控除した残額を指称するに外ならないと同時に右の残額に対する所有権を取得することを以て「課税の対象となる所得」と称することは多く疑を容れないところである(此点に就て民法上の自主的占有権又は刑法上の所持は或場合に於ては所有権を凌駕して経済的の活動を為し得ると共に之等の権利も亦法律上一定の保護を受け得るのであるから之等の権利を所有権と区別することは妥当でないとの理由を以て、窃盗又は強盗に因る財物の奪取又は横領に因る財物の取得をも所得と看做すべしとの説があるが、闇取引に因る利得は後に述べる通り、此点迄論及する必要が無いから之を省略する)

茲に於て問題となるのは負担附利得即ち収支計算上利益が存したとしても、該利益を返還することを要するか、又は損害賠償の請求を受ける関係に立つ場合である。斯る関係に在るときは仮りに一時的に利益があつたとしても之を終局的に享有することができないから果して「所得」と称することができるか否か聊か疑問であるが仮令一時的にもせよ所有権を取得する場合は「所得」と看ることが妥当であらう。故に荀くも該利益を形成する財物の所有権を獲得し且つ之を返還する必要のない場合は、之を以て「所得」と称し得ることは一点疑問の存しないところである。(此点に関し大蔵省は昭和二十三年三月三日「一時所得の取扱に就て」と題する主税局長名義の通牒を発し(一)一時所得は所得税法第九条第一項第一号乃至第七号以外の所得で営利を目的とする経続的行為から生じた所得以外のすべての一時的所得を含むものであるから課税洩れとならないよう留意するものとする。(二)窃盗、強盗、横領、詐欺、脅迫等による収得物等の収入については次に掲げるところによる。(イ)窃盗、強盗、横領したる財物は法律上所有権が移転しないものであるから所得とはならない。(ロ)詐欺又は脅迫による。給付は一応所有権が移転するものであるから所得となる。但し裁判により取消された場合、又は契約の合意解除の場合は算入した年度の更正(法第四十六条)とする。(ハ)賭博、統制価格違反による収入は一応所有権が移転するものであるから所得となる。但し刑事裁判により追徴金を徴収せられた場合は(ロ)の但書と同様に取扱ふ。と通達した。蓋し所有権の移転を以て所得か否かの分岐点と解した点に於て妥当な見解と謂ふべきである)

以上説述した通り所得税法、法人税法の建前は適法行為に因る所得と違法行為に因る所得とを区別せず、苟くも収支計算上利得となる場合には総て之を「所得」として課税の対象と為したものと謂ふべく、従つて犯罪行為に因る利得と雖も理論上所得としての構成要件を具備する場合に於ては等しく課税の対象となるものと謂はなければならない。

之を本件に就て看るに、被告井上ゴム工業株式会社の法人税法による申告秘匿額は、同会社が其生産に係るタイヤチューブ類等を当時の統制価格を超過して販売した所謂闇取引に因る利益であつたとしても、元来闇取引なるものは強行法規に依つて禁止せられた行為であつて、それ自体犯罪行為であると同時に、其取引物件並に其代金は民法第七百八条に所謂不法原因の給付に該当するのみならず、該取引の状態に就て考察するも、右は当事者双方合意の上、物件並に代金の授受が行はれるのであるから、各当事者の給付した物件並に代金の所有権は何れも相手方に移転するものであることは多言を要しないところである。即ち被告会社が右の行為に因つて収受した代金は、同会社の所有に帰属するに至ることは勿論、民法第七百八条に則り、之を相手方に返還することをも要しないものである。以之看之、被告会社の収受した右の代金は、法人税法第九条に所謂「総益金」中に算入すべきものであることは一点の疑を容れないところである。されば原審が、被告人等が右の「収入」を秘匿して、法人税法第十八条所定の正当な申告を為さず、之に基き相当税額の逋脱を為した所為を有罪と認定したのは寔に正当と謂ふべく、従つて右は犯罪行為に依る利益であり、且つ返還を要するものであるから、課税の対象とならないと主張する弁護人の論旨は理由が無い。

二、所謂中間申告を逋脱罪の成否に就て

法人税法第二十一条所定の所謂中間申告の際に於ける逋脱行為が犯罪を構成するや否やについては従来積極、消極の両説がある。積極説の論拠とするところは、(一)中間申告の場合に於ても法定の期限内に納税しなければならないこと(二)若し滞納すれば督促並滞納処分を受くべきこと(三)中間申告を懈怠すれば確定申告懈怠の場合と等しく加算税、追徴税を課せられること(四)中間申告制度はインフレ抑制の為めと租税の完納を期する為め新に設けられた制度であつてそれ自体独立の意義を有して居ること等にあり。消極説は(一)中間申告は概算的、非独立的性質を有するものであること(二)確定申告に就ては課税標準の更正を必要とする場合があるが中間申告に於てはこれを任意的としていること(三)中間申告に基く納税額は確定申告に基く終局的税額から控除される運命を持つこと(四)中間申告は所得税法の予定申告と其規を一にするものであるが予定申告書の虚偽記載に就ては特別の罰則を設けてあるに比し、中間申告には之に相当する規定のないこと等を論拠とするものである。

按ずるに、法人税法第二十一条に於て、「法令又は定款に定めた事業年度が六ケ月を超える場合に於ては該事業年度開始の日から六ケ月を一事業年度と看做し、当該期間終了の日から二ケ月以内に当該事業年度の普通所得金額及超過所得金額を記載した申告書を政府に提出しなければならない」旨を規定し同法第二十六条第一項第四号に於て「中間申告に基く法人税に就ては、その申告期限内に納税すべき」旨を定めたのであるが、法律が斯く規定した以上は、其制定理由の如何を問はず、納税義務者たるものは須く右の趣旨に則り真実の収支を記載した申告書を提出し、且つ其法定期限内に納税すべき義務を有するや明である。法人税法第二十八条、国税徴収法第九条は右の義務を履行せない者に対し督促並に滞納処分に附すべきことを定め、また法人税法第三十三条、第四十三条は、斯る者に対し、加算税並に追徴税を課すべきことを規定し、以て行政機関に依る納税義務履行の督促に当つて居ることは、確定申告の場合たると中間申告の場合たるを問はず何等異なるところは無いのである。即ち右一聯の法規は国家の徴税権の侵害に対する行政機関に依る救済手段を定めたものであるが、詐欺その他不正の行為による悪質違反者に対しては之を以て足れりとせず、茲に司法機関による制裁手段を定め、以て納税義務違反の根絶を期したのが法人税法第四十八条乃至第五十三条の規定である。即ち第四十八条に於て「詐欺その他不正の手段により法人税を免れた場合においては、法人の代表者、代理人、使用人、その他の従業者で、その違反行為をなした者は、これを三年以下の懲役又はその免れた税金の五倍以下に相当する罰金若しくは科料に処する。前項の罪を犯した者には情状に依り懲役及び罰金を併科することができる」と規定し、第五十一条に於て「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人、その他の従業者が、その法人又は人の業務に関して第四十八条又は第四十九条の違反行為をしたときは、その行為者を罰するの外、その法人又は人に対し、各本条の罰金刑を科する」と定めたのであるがこれ亦其文意に徴しても明かな通り、確定申告と中間申告とを区別した形跡を存しないのである。

翻つて按ずるに、法律に依つて保障せられた国家の徴税権は、その財政面を負担する重要な権利であつてこれが法定の期限内に満足に行使し得なければ国家の運営上重大な支障を生ずることは多言を要しないところである。即ち法人税法第二十一条によつて制定せられた中間申告に基く納税も、同法第二十六条第一項第四号所定の期限内に完納を看るべきことは、国家の至大な要求なのである。然るに詐欺その他不正の行為に依り、国家の右要求を阻害する者は、其反社会性に於て、確定申告の場合と、何等異なるところがなく、その弊害も亦同様であると謂はなければならない。この一事から看ても、法人税法第四十八条は、中間申告の場合と確定申告の場合とを区別すること無く、一様に規律するものであると解することが法の要求に適合するものと謂ふべきであるが、更に進んで考察するに、法人税法第二十一条、第二十二条、第十九条、第二十五条の各規定を比照すると、所謂中間申告なるものは、法定事業年度の決算未確定の間に於ける確定申告と其規を一にするものであることが看取せられる。即ちこの両者は何れも申告書に、概算に依る明細書の添付を許されるのであるが、しかし納税義務者に於て右申告書脱漏あることを発見したときは直ちにその修正を為さなければならないのである。依つて按ずるに、法定の事業年度を終了せず、また終了するも未だその決算の確定しない中は、損益が明確でないから、概算による申告を許容したものであらうがその反面、納税義務者に於て、当該申告書の記載に脱漏あることを発見したときは、直ちに修正申告をしなければならないのであるから、概算と謂つても、所謂精算的な申告を要せずと謂ふに止まり、常識上故意の脱漏と認められる程度に至れば、之を許さないものと謂はなければならない。

而してこの事は法人税法第二十五条により、確定申告の場合に於ても同一であるから、結局中間申告の性質も、確定申告と大差なく、決算未確定の間に於ける確定申告と全く同一である。若し夫れ中間申告が概算性であるとの理由で逋脱罪の成立を否定するならば、決算未確定の間に於ける確定申告の際の逋脱も又無罪としなければならないであらう。更に進んで考察するに、前述の通り中間申告の際省略を許される数字は、常識上故意の脱漏と認められない程度の少額に限局せられるのであるが、この数字は確定申告に於て精算せられる運命を持つ、法人税法第二十二条の規定がそれである。茲に於て消極説は、中間申告は非独立性であるから、其際の逋脱は犯罪を構成しないと論ずる。しかし前述の通り、確定申告に於て精算せられるべき数字は、常識上故意の脱漏と認められない程度のものであるから、概算性、非独立性と謂つても、右は極めて枝葉末節的な部分に止まり、其基本に於ては中間申告も、確定申告も何等異なるところはないのである。若し夫れ消極説に従ひ、中間申告の際の逋脱を無罪とせば、法が何故に中間申告なる制度を設けたのであるがまた法人税法第二十五条に於て、中間申告に就ても、その脱漏に対する修正申告を命じ、同法第二十九条第二項に於て、中間申告に対する更正決定を為し得ることを定め、以て確定申告と殆んど同一の取扱を為すのであるか、これを了解するに苦しむと謂はなければならない。更に進んで考察するに、法人税法に於ける中間申告は、所得税法に於ける予定申告と同じく、インフレの防止と、早期徴税の為め、新に設けられた制度であるから、中間申告の際に於ける脱税行為を無罪とするならば、その立法理由を全く没却すると謂はなければならない。この事は所得税法と対比すれば一層明瞭である。即ち所得税法は、その第六十九条に於て、確定申告の際に於ける逋脱罪を規定し第七十条第一号に於て、予定申告書の虚偽記載を処罰している。然るに法人税法が、確定申告と中間申告とを区別せずして単に第四十八条以下の規定を置いたのは、右両者を一括して処罰する趣旨であることは、殆んど疑ひを容れないと謂はなければならない。

要之法人税法第二十一条に所謂中間申告の場合に於ても、詐欺その他の不正行為に依り脱税を為したときは、同法第四十八条に則り、処罰を免れ得ないのである。然るに原審は、その判決書に依つて明かな通り、起訴状記載の第二及第三の(二)の公訴事実、即ち中間申告の際に於ける法人税逋脱の点に就き「中間申告は徴税の便宜上技術的に定められた制度であつて、それ自体が確定的、独立的性質を有しない」との理由を以て無罪の言渡を為したのは、明かに判決に影響すべき法律の適用を誤つたものと謂ふの外なく、従つて此点に対する検察官の論旨は寔に理由があるから原判決は此点に於て破棄を免れない。

三、法人税の虚偽申告と憲法第三十八条との関係に就て

憲法第三十八条第一項は「何人も自己に不利益な供述を強制せられない」と規定している。この条文は、その法源と謂はれるアメリカ合衆国憲法修正第五条に見られる「刑事々件に於て」なる文言を削除していることから推論して、右は国民の一般的権利であり、従つて国民は如何なる場合に於ても、同条に依拠して、自己に不利益な供述又は申告を拒むことができると論ずる者がある。若しこの説を正しいとすれば、国民は刑事々件を惹起する惧れのある所得を申告する義務を有しないとの結論も生ずるであらう。果して然りであらうか。惟ふにこの問題の解決にあたつては先づ、憲法第三十八条第一項の法源と謂はれる前記修正憲法第五条を考察する必要がある。同条は「何人と雖も、刑事々件に於て、自己に不利益な証人の地位に立つことを強制せられない」を規定せられているが、この規定は、書類及び所有物の安全保証に関する同国憲法第四条と密接な関係を有し、相呼応して人権の尊重と、その保護を全からしめることを目的としているのである。この規定は元来、普通法に於て、証人の拷問に対する抗議として発生したものであるが、今日では広く刑事々件に於て、自己に対する処罰の根拠となるべき、事実の供述又は申告を拒む権利を認めたものであると解せられている。そしてこの事からして、被告人と、証人に関して重要な原則が生れて来たのである。例へば被告人は如何なる場合に於ても、また如何なる権力によつても、証人として自己に不利益な事項の証言を求められることもなく、またこれを強制せられることも無い。しかし一度自ら進んで証人となり、証言台に立つた以上は、虚偽の供述をすれば、偽証罪に問はれるばかりでなく、相手方の反対尋問にも服さなければならないのである。

即ち合衆国修正憲法第五条は前述の通り、専ら「刑事々件に於ける供述」にのみ適用せられるのであるがこの規定を法源とする日本国憲法第三十八条第一項は、如何なる理由か「刑事々件に於て」なる文言を削除してあるので、茲に少なからぬ疑問を生じ、前記の通り、不利益供述を強制せられないことの保証は、刑事事件に限らず、一般民事々件に於てもまた租税の賦課徴収に関する行政処分を始め、一切の行政行為についても及んでいると論ずる者を生じたのである。弁護人亦この説に従ひ、本件に於ける不申告部分は、所謂闇取引に因つて生じた所得であるから、これを申告すれば処罰を受ける惧れがあり、従つて申告義務を有しないのであると主張する。しかし憲法第三十八条第一項の法源は前記の通りであるから、同条の解釈としては先づ「刑事々件に於ける供述」に限定せられるとの見解を採らなければならないのであるが、更に進んで、同条の前後の法条を通看すると、同法第三十一条乃至第四十条は総て刑事々件に関する規定であるから、その中間に位する同法第三十八条も亦刑事々件に関する規定であると看るのを妥当とするであらう。この事は同条第二項、第三項が何れも刑事々件に関する規定であることから看ても肯定せられるのである。即ち憲法第三十八条第一項は専ら刑事々件に於て為さるべき供述に就て規定せられたものと解しなければならない。しかし斯く解するとしても「刑事々件」とは果して如何なる程度のものを指称するのか必らずしも明でない。例へば既に起訴せられた事件を指すのか又は捜査中の事件を謂ふのか或は広く処罰を伴なう事項に迄及ぶのか聊か疑問であるが、一般に刑事々件とは、刑罰を目的として進行する一連の行為の対象を指称するのであるから憲法第三十八条第一項も亦この通念に従ひ、当該供述の為される段階が、自己または第三者に対する刑罰を目的として進行していることを必要とするものと解すべきである。

翻つて法人税法を看るに、同法第四十八条以下の規定は、納税義務者の一定の行為不行為に対し、刑罰を以て臨んではいるが、同法全体を通看すると其目的とするところは徴税にあつて処刑ではないのである。また同法第二十一条、第二十二条等の申告も、単に納税義務の履行方法を定めたに過ぎないのであるから、この段階に於ける申告又は供述に就ては、憲法第三十八条第一項は、全く適用の外にあると謂はなければならない。従つて法人税法第二十一条第二十二条所定の申告を為すに際り、実際の収入を秘匿した虚偽の申告書を政府に提出し、之に基き法人税を逋脱した場合に於ては、該秘匿部分の源泉の如何を問はず、同法第四十八条の適用を看ることは当然と謂ふべく、従つて此点に関する弁護人の論旨は理由が無い。

四、法人税逋脱に対する行政官庁の処分と刑罰の可否に就て

法人税法第四十八条に依れば「詐偽その他不正の行為により、法人税を免れた場合においては、法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者でその違反行為を為した者は、これを三年以下の懲役又はその免れた税金の五倍以下に相当する罰金若しくは科料に処する。前項の罪を犯した者には情状に因り、懲役及び罰金を併科することができる。第一項の場合においては、政府は、直ちにその課税標準を更正又は決定し、その税金を徴収する。」と規定している。蓋し税金の逋脱が行はれたとしても、国家の追及権は、時効その他の理由によつて消滅しない限り、これを行使し得ることは自明の理であるから、別段明文を設ける必要が無いのであるが、刑罰権の行使せられる場合に於ては違反者は、法定の制裁を受けるので、その上更に当該、逋脱税額を納付しなければならないか否かと謂ふ疑問が生ずると共に、司法機関による追徴の問題等をも考慮して、法は前記の通り一箇の条文に於て、逋脱行為に就ては、司法権、並に行政権が並行して発動し得ることを規定したものであらう。弁護人は行政権の発動により、侵害せられた徴税権の回復を看た場合には、司法権の発動は三権分立の精神に違反すると論ずるが前述の通り、行政権の発動は、国家の有する追及権行使の為めであり、司法権の発動は、違反者に対する特別予防、並に社会に対する一般予防の為である。即ち両者は其目的を異にするのであるから、両々相俟つてこれを行使することは何等差支あること無く、むしろ悪質な違反者に対しては其必要があると謂はなければならない。三権分立の精神は国家機関双互の関係に於て、互に他を侵すこと無しと謂ふにあつて、国家機関の国民に対する関係を謂ふのでは無いから、此点に於ける論旨も亦理由が無い。

五、法人税逋脱罪成立の時期に就て

法人税法第四十八条には「詐欺その他不正の行為により、法人税を免れた場合に於ては云々」とあるので看様によつては、終局的、確定的に、逋脱し得た場合を指称するかの如くであるが、賦課納税制度と異なり申告納税制度の下に於ては、納税義務者の自覚と責任に於て、徴税の目的を達成せんとするのであるから、逋脱罪成立の時期も、右の趣旨に則つて、解釈する必要がある。

今現行制度、即ち申告納税制度の下に於ける納税の手続を看るに、納税義務者は(一)先づ申告書を政府に提出し(二)次で法定期間内に納税を完了し(三)完了しない者は政府によつて追及せられ、且つ過怠金を課せられるのである。即ち右(一)(二)が納税義務者の自覚と責任に於て行はれるのであるから、この時期を経過せば即ち、「脱税した」と謂ひ得るのである。一説によれば納税は申告書に基いて行はれるのであるから荀しくも虚偽の申告書を政府に提出した場合に於ては、直ちに逋脱罪が成立すると謂ふ見解もあるが、しかし一旦虚偽の申告書を提出したとしても、法定期間内に之を訂正し、且つ納税を完了せば、国家の徴税権は毫も毀損せられないのであるから、此場合に於ては所謂未遂であつて逋脱罪は成立しないと看るべきである。尤も所得税法第七十条には、予定申告に就て、虚偽の記載をなした申告書を政府に提出した者を処罰する旨の規定があるから、この関係に於ては格別であるが、斯る規定の無い法人税法の下に於ては、同法第二十六条所定の期間内に、納税を完了しないときに於て、初めて逋脱罪が成立すると解しなければならない。弁護人は、被告会社は政府の更正決定に基き、全所得に対する法人税は素より、加算税、追徴税をも納付し、国家の徴税権を侵害するに至らなかつたのであるから、所謂未遂であつて無罪であると主張するが、原審引用挙示の各証拠を綜合考察せば、被告会社は、法人税法第二十六条所定の期限内に、納付すべき法人税の一部を納付しなかつたことが明であるから、素より逋脱罪の既遂であつて、論旨は理由が無い。

六、法人税逋脱罪の犯意と挙証に就て

凡そ故意犯に於ける故意又は犯意とは、当該犯行を為すの「目的」を謂ふのでは無く、その「認識」を指すものであることは、刑罰法規を通ずる観念である。故に当該所為が、特にその「目的」を有する場合に限つて犯罪を構成する場合は法律は特にその旨を規定してある。例へば刑法第七十七条、第九十二条等がそれである。翻つて法人税法第四十八条を看るに、「詐欺その他不正の行為により、法人税を免れた場合においては云々」と規定しているのであるから、文理解釈としても、同条は法人税を免れる認識の下に云々と解すべきが当然である。従つて刑罰法規一般の理論に従ひ、確定、不確定、未必の各故意があれば足り、必ずしも税金逋脱の「目的」を以て為されることを必要としないのである。この事は複雑多岐に亘る脱税行為を一律に規定した立法の精神から看ても之を推認することができる。故に被告人等が、仮りに闇取引の発覚を惧れるの余り、虚偽の申告書を提出し、これに基き不本意ながら脱税を為したものとしても、苟しくも真実の収入を秘匿し、当然納付すべき法人税を納付しなかつたことは、反証無き限り脱税の認識の下に為されたものと認めるの外は無いから、素より法人税法第四十八条所定の構成要件を具備するものと謂ふべく、従つて逋脱罪を認定するに際つては、脱税の目的あることを判示し、且つ之が証拠を説示する必要の無いことは勿論であるから此点に関する弁護人の論旨は理由が無い。

七、闇取引に因る所得の申告と期待可能性の存否に就て

期待可能性の理論は今尚確立していないので、期待可能性の無いことが果して犯罪の成立を阻却するや否や頗る疑問であるが、仮りに然りとしても、元来期待可能性なるものは、「何人をして其地位に置くもかくあるべし」と謂ふ一般的、客観的事情の存在を指称するのである。之を本件に就て看るに、被告人等の所為は、果して右の事情を具備するであらうか。弁護人は「被告人等の秘匿した収入は所謂闇取引に因つて生じたものであるから、これを申告すれば直ちに犯罪が発覚し、処罰を免れない。即ち自己の犯行を発表することが、何人にとつても期待可能性の無いところである」と主張する。

しかし法人がその事業所得を申告するに際つてその源泉が闇取引であることを記載する必要のないことは多言を要しないところであると共に、収税官吏が、法人税法第四十四条以下の規定に従ひ、被告会社の帳簿、その他の物件を調査することがあつたとしても、元来収税庁の任務は、納税義務者の収支を調査するにあつて、犯罪の捜査では無いのであるから、通常の場合収税官吏は、源泉行為の違法性に就き、調査追究することは殆んど予想し得ないところである。仮りに申告書に記載した収支源の調査から、犯罪が発覚したとしても、収税官吏は必ずしも之を告発するとは限らないのである。(刑事訴訟法第二百三十九条第二項の規定は訓示的規定と解せられ、現今収税官吏は税金の逋脱を伴なう犯罪以外は殆んど之を行つていない)否寧ろ吾人の常識に従へば、納税義務者に於て、その全収支を明確にした場合に於ては、例令その中犯罪行為に因つて生じた所得があつたとしても、収税官吏は、其源泉を追及しないのが常である。また本件に於て押収した所謂別口帳簿なるものを看ても、右は闇取引に因つて生じた収入であるか否か、一見頗る不明であるから、被告人等が当初から之等の収入を申告書に記載すれば、収税庁に於ては、凡らく、その源泉を追及しなかつたであろうと察せられる。即ち以上の各事情を綜合考察すれば、本件は寧ろ期待可能性を肯定すべき事情に在ると謂はなければならない。従つて此点に関する弁護人の論旨は理由がない。

八、中間申告の際に於ける逋脱と、確定申告の際に於ける逋脱との関係に就て

中間申告と、確定申告との関係は既に述べた通り、中間申告の際の記載は確定申告に於て更に精算せられるのである。従つて中間申告の除に於ける虚偽記載(逋脱)を確定申告に於て修正せず、其侭申告した場合に於ける罪数に就ては聊か疑問なきを得ない。

前述の通り中間申告の際に於ける脱税が犯罪を構成することは疑いの無いところであるが、確定申告は一事業年度を通じた所得を申告するのであるから、その際納税義務者たる者は中間申告に於て為した過誤を修正し、真実に則した申告を為すべき義務を有するや明である。故に該義務に違反し、中間申告に於て為した逋脱行為を其侭踏襲するときは、更に逋脱罪を構成するかの如き観を呈するのであるが、しかし至細に観察するときは、右は恰も一旦騙取した財物の返還を迫られた者が、右追及を免れる為め、新に欺罔手段を用ひて、曩に騙取した財物を確保した場合と等しく中間申告に於て逋脱した税金を追納せず、再び虚偽の申告を為して、之を確保したに過ぎないのであるから、別段犯罪を構成しないと看るのが相当である。従つて確定申告に於ける逋脱額から中間申告に於ける逋脱額を控除した残額に就てのみ、新に犯罪を構成するに過ぎないのである。されば右の場合に於て一事業年度を通算した逋脱額を、確定申告の際に於ける逋脱の一罪として起訴した場合に於ては、理論上二罪たるべきものであり、之を二罪として起訴した場合に於て、中間申告の際の逋脱を無罪と認定する場合は、該逋脱額を確定申告の際の逋脱額に合算すべきものではない。何とならば右は公訴事実を異にするからである。

本件に於て検察官は、中間申告の際の逋脱を無罪と認定するならば該逋脱額を、確定申告の際の逋脱額に合算して犯罪事実を認定すべきであると主張する。なるほど原判決の理由に依れば「中間申告は概算性、非独立性である」と謂ふにあるから、この理由を以てせば、法人税の逋脱罪は一事業年度を通じて確定申告の際に於てのみ成立することになるから、全部一括して計上すべきものである。しかし本件の起訴状の記載に依れば、原審検察官は、中間申告の分と、確定申告の分とを、各別個の事実として起訴しているので、原審は右の中有罪と認めた事実に就てのみ判決を為したのみであつて、何等の違法が無い。従つて此点に関する検察官の論旨は理由が無い。

九、訴因と適条との関係に就て

刑事訴訟法第二百五十六条第二、三項に依れば「公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。署名は適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。但し罰条の記載の誤りは、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞れが無い限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない」と規定しているから、此両項を比照勘案すると、公訴の基礎となるものは「訴因」であつて「罰条」は、該訴因を一層明瞭ならしめる為の予備的要件であると解するを相当とする。従つて訴因の記載が明確で、何等疑問の余地が無い場合に於ては、該訴因と符合しない罰条の記載があつたとしても、裁判所は該訴因に基いて、審理判決することができるものと謂はなければならない。況んや訴因と罰条とが相照応する場合に於て、単に当該犯罪の結果的責任者を定めた規定(例へば法人税法第五十一条、物価統制令第四十条)が脱漏していたとしても該責任者が起訴せられている場合に於ては、其訴因は同人にも及ぶものと解すべきは当然である。

之を本件に就て看るに、起訴状の記載に依れば、本件の訴因は、物価統制令違反と法人税法違反の二点であるが、右の中法人税法違反の点に就ては、被告井上護謨工業株式会社を処罰する規定、即ち法人税法第五十一条の記載があるに反し、物価統制令違反の点に就ては、右会社を処罰すべき、物価統制令第四十条の記載が無いことは弁護人所論の通りである。然し訴因に於て「同会社の業務に関し云々」と記載してある以上、之に対応すべき前記法条の脱漏は被告会社に対する起訴の効力に何等の影響を与へないことは勿論である。而も被告会社は原審に於て、此点に就ては何等争ひなく、物価統制令違反の点に就ても事実の答弁を為し、且つ充分な防禦方法を購じたことは、原審第二回公判調書及弁護人提出の公訴事実に対する意見書並に弁論要旨等に依るも明である。亦原審公判調書を通看するも、被告会社の罪名に就ては、法人税法違反、物価統制令違反の各記載があるから、原審も亦被告会社に対し、物価統制令違反の点に充分である。従つて起訴状に物価統制令第四十条の記載を脱漏したことが被告会社に実質的な不利益を与へたものとも解することができないから原審の訴訟手続には何等の瑕疵が無いと謂はなければならない。されば原審が審判の請求を受けない事件に就て、審理判決したと謂ふ弁護人の論旨は理由がない。

十、量刑に就て

原審認定の事実に依れば、(一)物価統制令違反の点に就ては其違反超過額合計千七百五十三万六千三百八十二円五十銭であつて、原審は之に対し、被告会社を罰金百万円に処したのである。依つて按ずるに、物価統制令は、その第一条に於て示す通り、物価の安定を確保し、以て社会経済秩序を維持し、国民生活の安定を図るに在るのであるから、同法違反の所為に対する刑罰は、物価の統制形態を攪乱した程度、即ち統制価格超過額を主眼として量定すべきものであることは多言を要しない。然しながら所謂適正物価と謂ふものも、原料、工賃、其他の諸経費の増減に因り、絶へず高低を示す性質を有するに反し所謂公定価格なるものは或程度、膠着状態に置かれるので、場合に於ては生産費にも及ば無いことがある。斯る場合に於て、一定の企業形態を維持し、多数の労務者の生活を安定せしめる為には、価格違反の止む無きに至ることもあり得るであらう。また国家が物価を統制することも一に国民生活の安定を図るに在るのであるから、公定価格を厳守せしめることに因つて、反つて生産を破壊し、国民生活を危ふからしめることは、法の企図しないところであると謂はなければならない。故に現実の量刑に際つては、単に違反額のみに拠ることは頗る危険であつて、諸種の事情をも考量勘案して、物価統制令制定の目的に添はなければならないことは勿論である。

依つて按ずるに、原審第五回公判調書中、被告人竹原松太郎、岩尾博の各供述記載、並に原審証人大橋美次、西本熊蔵関山栄吉、兼坂隆一の各供述記載と、起訴状の記載とを綜合考察すると、被告井上ゴム工業株式会社は戦災に因つて工場を焼失し、従つて原料ゴムの割当が少く、経営困難となつたので、工場復旧の必要に迫まられてゐたが、被告人等は該工場復旧の資金に充てるべく、当時自転車タイヤ、チユーブの闇価格は一ベアに就き、昭和二十二年三千二百円前後、同二十三年は四千円以上、同二十四年は四千五百円乃至五千円位していたのを、昭和二十二年は一ベアに就き六百円乃至千円同二十三年、四年は同じく四百円乃至千五百円で販売したものであることが認められる。然るに一方当時の統制価格は、一ベアに就て僅に百二十五円乃至二百七十二円位であつたのであるから、本件の違反額が之を総計すれば多額に上るとは謂へ、右は当時の公定価格が余りにも低価であつた為めであつて、単に超過額のみを捉へて、被告人等を厳罰すべしと謂ふ論旨は妥当ではない。のみならず、被告会社は当時に於ける闇価格の半額以下で販売しているのであるから其動機、犯情に於て、憫諒すべきものがあると謂はなければならない。以之看之、本件は単に公定価格超過額のみに拠ること無く、其動機、犯情等を綜合考察して量刑すべき必要がある。依つて更に進んで考察するに、原審が、本件の物価統制令違反の点に就き、被告井上ゴム工業株式会社を罰金百万円に、爾余の各被告人に対し夫々懲役刑を科し、且つ之に対し執行猶予の言渡を為したことは寔に相当と謂ふべく、従つて此点に関する検察官の論旨は理由が無い。次に法人税法違反の点に就て看るに、原審認定の事実に依れば本件の逋脱額は、(一)昭和二十二年度に於ける確定申告の際の逋脱額が四百七十七万六千四十円、(二)同二十三年度の確定申告の際に於ける逋脱額が、五百二十九万二百三十八円に上るのであるが、原審は之に対し右(一)の所為に就き被告会社を罰金二百万円に、(二)の所為に就き同会社を罰金三百万円に処したものである。然し原審に於ける弁第一乃至第四号証に依れば、被告会社は本件の起訴前既に所轄税務署に対し、右逋脱税額及之に対する加算税、追徴税をも納付していることは之を認めるに充分であるから国家の徴税権は既に完全に回復せられたと謂ふことができる。斯る場合に於ける司法権の発動は、社会一般に対する警告(一般予防)と違反者に対し再び同種の犯行を為さしめない程度の教育的措置(特別予防)を以て必要且つ充分と謂ふべく、漫りに違反者を厳罰すべきものでは無い。故に税金逋脱罪に就ても単に脱税額を標準として科刑すべきであると謂ふ検察官の論旨は本件の場合之を採用することができないばかりでは無く、原審の量刑は、前記の理由により、被告会社に対しては寧ろ重きに失するものと思はれるから、此点に於ても原判決は破棄を免れない。

即ち原判決は前述の通り、所謂中間申告の際の税金逋脱を無罪とした点、並に量刑の点に於て違法、不当であるから刑事訴訟法第三百九十七条に従ひ之を破棄するが、本件は記録並に既に取調べた証拠に依り、当審に於て直ちに判決を為し得るものと認めるから同法第四百条但書に則り、次の通り判決する。

犯罪事実

被告井上護謨工業株式会社は名古屋市熱田区幡野町三丁目二十五番地に本店を置き、資本金百五十万円、全額払込済の会社で、各種ゴムタイヤ、チユーブ其他工業用ゴム製品の製造販売を目的とするものであるが、定款所定の事業年度は毎年一月一日から十二月三十一日迄であつて、昭和二十一年八月十日企業再建整備法に基く特別経理会社に指定せられ、昭和二十三年五月三十一日旧勘定及び新勘定の併合があつたものであり、被告人竹原松太郎は同会社の専務取締役として同社の経理並営業の事務を統括し、被告人岩尾博は同社の取締役営業課長として其営業部門を担任し、被告人太田良雄は同社の取締役経理部長として、其経理部門を担任して居たものであるが、

第一、被告人竹原松太郎同岩尾博は共謀の上、右会社の業務に関し、法定の除外事由が無いのに営利の目的を以て、昭和二十二年十月二十三日頃から同二十四年二月五日頃迄の間、原審判示の明細表の通り、高田市本町一丁目十六番地稲田勝彌方其他に於て同人外二十名位に対し、自転車用タイヤ、チユーブ等合計三万八十八本を製造業者の販売価格の統制額から合計金千七百五十三万六千三百八十二円五十銭を超過した代金合計二千八十六万千三百円で販売し(昭和二十二年十月二十三日頃から同年十一月十二日迄の所為は犯意継続に係る)

第二、被告人太田良雄は右会社の業務に関し、法人税法第二十一条、第一項の規定に基く、同会社の、昭和二十一年八月十一日から同二十二年六月三十日迄の中間事業年度の所得に就ては昭和二十二年八月三十日迄に其普通所得金額及び超過所得金額を政府に申告し、同日迄に之に基く法人税を納付すべきであるに拘らず、之を免れようと企て、右会社の同事業年度の普通所得は百九十八万千五百八十円、超過所得は百八十万八千二百二十四円であつたに不拘、別口預金、別口帳簿の方法により、右所得の大部分を隠匿し、同年度の中間申告を為すに際り、右普通所得を四十八万七千九百十三円、超過所得を三十一万四千五百五十七円と虚偽の記載を為した申告書を作成し之を昭和二十二年八月二十九日所轄熱田税務署に提出し、之に基く法人税二十二万五千十三円二十銭を納付したのみで、右不正の方法に因り実際の所得に対する税額との差額九十六万七千六百六十八円を法定の期限迄に納入せず、以て該法人税を免れ

第三、被告人竹原松太郎同太田良雄は共謀の上、右会社の業務に関し、

(一)  同会社の昭和二十一年八月十一日から同二十二年十二月三十一日迄の事業年度の所得に就ては昭和二十二年二月末日迄に、その普通所得金額及び超過所得金額を政府に申告し、之に基く法人税を納付すべきに不拘、該法人税を免れようと企て、同会社の右事業年度の普通所得は千二百二十五万三千四百五十三円、超過所得は、千百九十八万五千五百四十円であつたに不拘、別口預金、別口帳簿の方法により、右所得の大部分を隠匿し、同年度の所得の確定申告を為すに際り其普通所得を三百四十一万六千九百七十八円、超過所得を三百十四万九千六十五円と虚偽の記載を為した申告書を作成し昭和二十三年二月二十九日之を所轄熱田税務署に提出し、之に基く法人税百八十四万八千六百七十円三十銭を納付したのみで、斯る不正の方法により、実際の所得に対する税額との差額四百七十七万六千四十円の法人税を法定の期限迄に納付せずして之を免れ

(二)  右会社の昭和二十三年一月一日から同年六月三十日迄の中間事業年度の所得に就ては同年八月迄に其普通所得金額及び超過所得金額を政府に申告し、之に基く法人税を納付すべきであるに不拘、該法人税を免れようと企て、同会社の右事業年度の普通所得金額は、千五十七万千四百九十二円、超過所得は千三十三万二千三百五十五円であつたに不拘、別口預金、別口帳簿の方法により、右所得の大部分を隠匿し、同年度の中間申告を為すに際り、その普通所得を三百九十九万四千三百二十六円、超過所得を三百七十二万二千三百八十八円と虚偽の記載を為した申告書を作成し、之を昭和二十三年九月二十九日所轄熱田税務署に提出し、之に基く法人税二百十万千七百一円を納付したのみで、かゝる不正の方法により実際の所得に対する税額との差額三百六十二万八千九百二十一円を法定の期限迄に納付せず、以て該法人税を免れ

(三)  右会社の昭和二十三年一月一日から同年十二月三十一日迄の事業年度の所得に就ては、同二十四年二月末日迄に、その普通所得金額及び超過所得金額を政府に申告し、之に基く法人税を納付すべきであるに不拘、該法人税を免れようと企て、同会社の右事業年度の普通所得は二千七百五十七万四千三十一円、超過所得は、二千七百十四万七百五十六円であつたに不拘、別口預金、別口帳簿の方法により、右所得の大部分を隠匿し、同年度の所得の確定申告を為すに際り其普通所得を千三百三万千七百四十一円、超過所得を千二百三十四万千六百九十円と虚偽の記載を為した申告書を作成し、之を昭和二十四年二月二十八日所轄熱田税務署に提出し、之に基く法人税三百九十九万三千二百十円を納付したのみで、斯る不正の方法により実際の所得に対する税額との差額五百二十九万二百三十八円を法定の期限迄に納付せず以て該法人税を免れ

たものである。

証拠の標目

冒頭記載の事実に就き

一、原審第五回公判調書中被告人竹原松太郎、岩尾博、太田良雄の各供述記載

二、被告井上護謨工業株式会社の登記簿並定款の各謄本

第一事実に就き

一、原審第五回公判調書中被告人竹原松太郎、同岩尾博の供述記載

二、被告人岩尾博の司法警察員に対する供述調書

三、同人作成の不正取引明細表

四、押収に係る証第三号(営業課長控)

五、稲田勝彌、望月昇一、大友李春、久保田一馬、黒田松雄、神沢建三、菊地信夫、幅重雄、中川作次、遠藤栄太郎、高橋太郎、佐伯美保、加茂井増治、小暮蔦吉、小林治、沢木茂雄、広瀬市太郎、石木善寿、田治留吉、角田実の各上申書

六、井上鉱三の司法警察員に対する供述調書

七、犯意継続の点は短期間内に同種行為を反覆累行した事跡

第二事実に就き

一、原審第五回公判調書中被告人太田良雄の供述記載

二、被告人太田良雄の検察官に対する供述調書

三、鈴木栄作成の脱税額計算書中更正又は決定決議書(記録百二十二丁)

四、太田良雄作成提出の別口貸借対照表(記録百二十八丁乃至百三十丁)

五、押収に係る証第四号(法人税申告書写)

第三の(一)事実に就き

一、原審第五回公判調書中被告人竹原松太郎、同太田良雄の各供述記載

二、同人等の検察官に対する供述調書

三、鈴木栄作成提出の脱税額計算書(記録百三十二、三丁)

四、太田良雄作成の別口貸借対照表(記録百四十一丁乃至百四十五丁)

五、押収に係る証第十八号(法人税申告書)

第三の(二)事実に就き

一、原審第五回公判調書中被告人竹原松太郎、太田良雄の各供述記載

二、同人等の検察官に対する各供述調書

三、鈴木栄作成提出の脱税額計算書(記録百四十六丁)

四、太田良雄作成提出の別口貸借対照表(記録百五十六丁乃至百五十九丁)

五、押収に係る証第四十号(法人税申告書写)

第三の(三)事実に就き

一、原審第五回公判調書中被告人竹原松太郎、同太田良雄の各供述記載

二、同人等の検察官に対する各供述調書

三、鈴木栄作成提出の脱税額計算書(記録百六十一丁)

四、太田良雄作成提出の別口貸借対照表(記録百七十二丁乃至百七十五丁)

五、押収に係る証第十九号(法人税申告書写)

以上を綜合して判示事実を認定する

適条

法律に照すと、被告人竹原松太郎、同岩尾博の判示の第一各所為は何れも物価統制令第三条、第四条、第三十三条、昭和二十二年十月十八日物価庁告示第八百八十号、同二十三年八月三十日物価庁告示第七百七十八号、同二十三年八月三十一日物価庁告示第七百八十一号、刑法第六十条、(犯意継続の部分に就ては昭和二十二年法律第百二十四号附則第四項、旧刑法第五十五条)に該当するから所定刑中懲役刑を選択し被告人太田良雄の判示第二の所為は、法人税法第四十八条第一項に該当するが、同法は其後改正せられたから刑法第六条を適用して行為時法に依るべく、尚情状により同法第四十八条第二項を適用して、懲役及罰金刑を併科し、被告人竹原松太郎、同太田良雄の判示第三の各行為は、何れも法人税法第四十八条第一項に該当するが、情状に依り同条第二項を適用して懲役及罰金を併科するが、以上の中、判示第一及第三の各所為は刑法第六条に該当すると共に、同法第四十五条の併合罪であるから、懲役刑に就ては同法第四十七条、第十条を適用し被告人竹原松太郎、同岩尾博に就き重い物価統制令違反罪中連続一罪の部分の刑に法定の加重を為し、同太田良雄に対しては判示第三の(三)の罪の刑に法定の加重を為し、其所定刑期の範囲内に於て、被告人竹原松太郎を懲役七月に、同岩尾博を懲役四月に、同太田良雄を懲役四月に各処するが、罰金刑には就て法人税法第五十三条に則り判示第二の罪に就き被告人太田良雄を罰金弍万円に、判示第三の(一)の罪に就き同竹原松太郎を罰金五万円に、同太田良雄を罰金五万円に、判示第三の(二)の罪に就き、被告人竹原松太郎を罰金参万円に、同太田良雄を罰金参万円に、判示第三の(三)の罪に就き被告人竹原松太郎を罰金五万円に、同太田良雄を罰金五万円に各処するが、以上各所為は何れも被告井上護謨工業株式会社の業務に関して為されたのであるから物価統制令第四十条、法人税法第五十一条を夫々適用して、同会社を判示第一の罪に就き罰金壱百万円に、判示第二の罪に就き罰金二拾万円に、判示第三の(一)の罪に就き罰金五拾万円に、判示第三の(二)の罪に就き罰金参拾万円に、判示第三の(三)の罪に就き罰金五拾万円に処する。尚被告人竹原松太郎、同岩尾博、同太田良雄に対しては情状懲役刑の執行を猶予するを相当と認めるから、本裁判確定の日から三年間何れも右懲役刑の執行を猶予するが、被告人竹原松太郎、同太田良雄に於て右罰金を完納しないときは刑法第十八条に則り金五百円を壱日に換算した期間当該被告人を労役場に留置すべく、訴訟費用は刑事訴訟法第四百四条、第百八十一条第百八十二条に従ひ被告人等に連帯して負担せしめる。

依つて主文の通り判決する

(裁判長判事 鈴木正路 判事 赤間鎮雄 判事 柳沢節夫)

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